白いマットのジャングルに

 拙者の友人で姓はラッキー、名はストライクというナイスガイがいる。(注:むろん本名ではございません)
 どれくらいナイスガイかというと高校時代、ミスコン優勝したクラスメイトに「黙っていればいい男、喋ってしまえばヘンな奴、ニヤっと笑うと悪魔のよう」とまで言わしめたほどである。
 その彼が昨日、ふとつぶやいた。
 「俺は長いこと生きてるが同じ名字の奴に会ったことがないな」
 たしかにちょっと珍しい名字だが、さほど、でもないと思う。誰もが知ってる歴史上の偉人と同じ名字だ。
 「あ、一人いたけど偽名だったな」
 「ぎ、偽名でござるか?;」
 そう、ペンネームでもハンドルネームでもなく偽名。
 「どーやっても日本人じゃなかったけどな、仕事であった」
 …氏の職務経歴はここではあえて伏せる。いや、伏せさせて下され。
 拙者は話題変換のためにも慎重に記憶装置を検索したーーーが、該当が一件しかなかった。
 「拙者の前の会社の同僚で一人いましたな。むろん本名で」
 「どんな人だった?」
 「さようでござるなぁ」
 拙者は遠い目をして、彼が入れてくれた苦みの効いたコーヒーを口にしてから答えた。
 「『プロレス』にことのほか思い入れのある御仁でござった」
 「…ぷろれす?」
 何を言い出すのかとストライク氏は眉をひそめる。
 「『プロレスはね、ルチャなんですよ』と宣う御仁でござった」

 ルチャ…正式にはルチャリブレ(Lucha Libre)、スペイン語で自由な戦いという意味の言葉だが、それをしてメキシコのプロレスリングを示す。
 ひいてはメヒコの華麗な空中殺法の応酬、またそのマスクマンを、スタイルをルチャという。

 ぱっと誰もが思い出せるところでタイガーマスクがある。そう、『巨人の星』でもおなじみの梶原一騎原作の昭和の名作プロレス漫画にして、本作を元にしたレスラーも実際に登場したという覆面レスラーだ。
 彼もまた、空中殺法を得意とする覆面レスラーであり、その華麗な技は多くのプロレスファンをわかせた。
 が、メヒコ(メキシコの意)のルチャはそれを遙かにしのぐという。

 これが拙者の知る、前の会社でかの御仁に聞かされた知識である。

 「まあ、有名な覆面レスラーはプロレスにより多額の資産を得て豪邸に住み、子供達のあこがれの的になっているというあたりは話の種としては面白…ん? どうしたのでござる、ストライク氏」
 ストライク氏は彫りの深い顔に影を寄せ、真剣なまなざしで静かにつぶやいた。


 「…ルチャはね、すごいんだよ」


 …はああ?!
 「メキシコにある神父がいてな」
 し、神父?
 「彼はたくさんの孤児を育てようと引き取ったが募金も思うように集まらず、神にこう、祈ったーーー」
 手を組み、空を見上げる彼。一条の光がスポットライトのように彼の顔に当たる。
 「『ーーー神様、私には力がありません。…ですから私は”ルチャ”をやります』」
 ……はいい?
 「そう、彼は孤児院の子供たちのため、覆面をかぶり、リングに上がったのだ、謎のレスラー”フライ・トルメンタ”として」
 なぜか拙者にはリング脇の観衆の声が聞こえたような気がした。
 「一度だけ、フィルムで見たことがある」
 ゴングが鳴る。白いマットのジャングルにブーツのゴムがする音、華麗なステップ、リズミカルにバウンドするマット、飛び散る汗に茹だるような熱気。
 そこはすでにリングサイドだった。
「リングの下に落ちた相手選手に向かい、リングの上で側転、バク転、ジャンプ、そしてトップロープの上からダイビングボディプレスを放つその勇姿を…」
 割れるような歓声が周囲を飲み込ーーーいやいやいやいや、ありえないでござろう、それ!
 「そしてその仮面の下に苦悩の神父の素顔があることは誰も知らないーーー事になっている」
 事になっているって、あーた;
 「ちなみに日本でのリングコールは暴走神父な」
 めっちゃばれてる! ばれてるよ神父ぅぅ!!!
 「そ、それは…対戦相手がすごく辛そうな…こう、心証的に」
 孤児を養う為に戦う神父、だれが勝てるというのだろう。 拙者の脳裏にぷるぷると震えるチワワを抱えて悪漢に立ち向かう覆面レスラーが浮かぶ。
 「ああ。だがーーー」
 そういってストライク氏は嗤う。
 「それがプロレスってモンだろ?」
 なるほど、確かに悪魔のようであった。…本人的にはイイ笑顔なんだんろうなぁ。

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